2010年7月17日(土)23:53 | Category:宇宙ゴト
7月12日、南太平洋で皆既日食が見られた。
昨年は奄美大島やトカラ列島など、滅多にない国内での皆既日食観測のチャンスがあったが、私の方も滅多にない諸々のピンチに遭遇してしまい、泣く泣く近場の公園で雲に透けた半分ほどに欠けた太陽を拝み、次の機会を願った。続く今回の皆既食の舞台は南太平洋、イースター島とは非常に神秘的なシチュエーションではあったが、時間的費用的にあまりに現実味に欠けるので、行く手立てを探ることすらなくいつも通りのブラウザ観測に終わった。
日食自体は珍しい現象ではない。
地球と月の公転の構造上年に2〜3回は起こり、時間は選ぶが見られる範囲の広い手軽な天文現象である。だが、月が太陽を完全に隠してしまう皆既日食となると一気に観測できるエリアは狭くなる。どれだけ限られてるかはこちら(国立天文台)をご覧いただきたい。
たとえ90%欠けていても部分日食は部分日食であって、皆既日食とは根本的に違う。太陽の光球面というのは強烈な明るさで、また太陽光は大気中では拡散してしまうのために僅かでも太陽面が見えている限り、コロナやプロミネンスなどの太陽の放射現象は見ることが出来ない。欠けた太陽は太陽観測用グラスに指をかざしてでも作れるが、コロナは宇宙に行って太陽を隠しでもしない限り見ることは出来ない。
皆既中、太陽周辺の放射物質が見えるほどに暗くなるということは当然周囲もかなり暗くなる。太陽が出ている時間の現象なのだから、日食が見られるエリアだけが暗くなっているということで、どうしても太陽の方が気になってしまうが、これは地球の状態としてもかなり面白い。外から見れば地球に月の影が落ちているという意味でもあるのだ。

Looking Back on an Eclipsed Earth Credit: Mir 27 Crew; Copyright:
CNES
写真はロシアのミール宇宙ステーションで撮影された日食中の地球。中央の黒い部分は大気の汚れでも謎の暗黒物質でもなく地球に落ちた月の影。影になっている部分で日食が起こっているのである。太陽が欠けるというイメージが強い日食だが、月の影が地球上を通り過ぎていくという現象でもある。
次に皆既日食が見られるのは2012年のオーストラリアでケアンズあたりでも観測できるらしいので比較的現実的かもしれない。続いて2013年にはアフリカ、2015年北極圏、2016年インドネシア、2017年アメリカ。日本では2035年の能登半島と北関東までチャンスはないので待っているより動いた方が早い。
2年後…とりあえず目標だけは立ててみよう。
2010年7月16日(金)23:49 | Category:生きモノ

今朝、裏の森で一斉にセミが鳴き始めた。
データを取り、色々な要素から推測をする気象庁の「梅雨明け宣言」は、後で撤回されたり、不明瞭なまま既に明けていたりと、ここ数年の天候不順に振り回されている感じだが、彼らは明快だ。彼らは何故か梅雨の終わりを察知し、一斉に羽化をする。梅雨の間に何度となく晴れ間はあり、30℃以上の真夏日となることもあったが、フライングで鳴き出すものは殆どなく、セミの声を聞いて慌てて天気図を見てみると、梅雨前線は太平洋高気圧に押され気圧配置は夏型へ移行しつつあった。
カエルやネコは湿度に敏感で間近の雨を察知できるようだが、セミは雨期の終わりなどという複雑な変化をどのように知覚しているのか。数匹が鳴き始めて日を追って徐々に増えていくわけではなく、明らかに一斉にという感じで始まるのだから、体内に何らかの器官や遺伝子レベルの判断基準を持っているのだろう。ともかく気象庁の発表に関わらず、私の中では「セミが鳴き始めた=梅雨明け」という認識でいる。夕方には激しい雷雨もあり、感覚の鈍い人間的にも梅雨が明けたことを感じた。
ちなみに、こちらは大阪なので「セミが鳴き始めた」というのは現在はクマゼミのことを指す。遠回しな言い方になったのはセミの分布は意外に複雑で変動が大きいからで、こちらの当たり前があちらでは通用しないことが度々あるからだ。例えば関東では普通に生息するミンミンゼミは関西の都市部には滅多にお目にかかることはなく、TVで夏の効果音として聞かれるセミの音に子供の頃は違和感を覚えていた。ただ、明確に東日本や西日本、といった生態区分がある訳ではなくその分布は入り組んでいる上に変化を続け、本来生息していない筈だった場所でも確認されたりしている。
一説には定番の温暖化やヒートアイランドなどの気候要因や、植樹される木によって幼虫が持ち込まれるケース、天敵などの要因も絡んでいるとか、探さなくても聞こえてくる調査のしやすさでは他に類を見ない生物なので、探せば市町村のエリア単位での分布を見ることができる。
確かに大阪はほぼクマゼミの支配下だが、昔からそうだったか?と首をひねる。
三十年以上前、私の記憶ではセミ捕りというのはまず雑魚の王道としてニイニイゼミがいて、夕方になると茶色い羽のアブラゼミで、クマゼミはそれほど多くなかった気がする。そもそもニイニイゼミの声を最近全く聞かないが一体どこへいったのだろう?アブラゼミも聞くには聞くがかつての夕方を思い起こすにはほど遠く、とにかく朝から晩までクマゼミの轟音が続く。眼下に広い緑があるのは嬉しいが夏に限ればそこは一面のスピーカーとなる。
考えるとかなりおかしな生態である。
鳥が鳴くのとは世界が違う、ほぼ鳴きっぱなしでそこら中の木に何匹も貼り付き、ほぼひと月、随時交代要員を補充しながらわめき続ける。騒音レベルの音量なのに古来から夏の環境音として欠かせず、樹液を吸うぐらいなので特に駆除されることなく今日まで夏の風物詩上位の座を守っている。セミのいない国の人間がここに住んでみて何と思うだろう。
じめじめした、最も苦手な季節が終わるのは嬉しいが溜息も出る。
じゃあメスのように鳴かなければいいのかというと、例えば桜の木にびっしりセミが貼り付いたまましーんとしているのを想像するとそれはそれで恐怖である。
夏が始まる。
地上に這い出てやっと羽化だ、「と思ったら脱け殻の方でした」とはなりたくない。
2010年7月11日(日)02:53 | Category:宇宙ゴト
小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」の太陽光圧による加速が確認された。
IKAROS、太陽光圧による加速を確認!
「IKAROS」は今年5月に種子島からH-IIAロケット7号機によって金星探査機「あかつき」と共に打ち上げられた工学実証機で、太陽光を推進力として航行する実験を行う実験機体である。太陽光圧を推進力にするという発想はかなり昔からあり、小惑星探査機はやぶさも、気象衛星ひまわりも姿勢制御に利用した実績はあるが、ヨットのように帆を張り、太陽光圧を主推進力にしたのはIKAROSが初めてである。
IKAROSの翼となるのは厚さ7.5μmのポリイミド樹脂の膜で、機体の回転による遠心力で一辺14mの正方形の帆を展開する。展開後も秒針程度の回転を続けることで張力を維持し、膜面に太陽光の圧力を受けて航行する。
太陽光圧で得られる推力は1mN、地上で0.1gの物体にかかる程度の僅かなものだが、はやぶさに搭載されたイオンエンジン一機の推力もこの十倍程度なので、宇宙を航行するのに充分な推力を燃料を使わず得ることが出来るようになったということ。これは搭載する燃料が打ち上げるロケットの能力に制限される宇宙機にとって全くの新境地である。また、帆に張り合わされた太陽電池から電力も供給出来るので、将来的にはイオンエンジンのような電気推進と組み合わせた航法が計画されている。
イオンエンジンにソーラーセイルとか、子供の頃に見た図鑑の巻末にあるような未来図の世界である。未来図というのは「理屈は合ってるが現実的ではない」から成り立つもので、それが小惑星に行って帰ってきたり金星に向かって航行中とか、リアルに未来の感触を味わっているのだと思うと非常に感慨が深い。TV電話のような家電だと、子供心にも「いつかはともかくあるだろうな」とは思うが、宇宙開発の場合は自分の理解の遠く及ばない世界での進化なので、実現への驚きは比較にならない。
自分が古びたのもあるだろうが、未来とは相対関係なのだから単純に自分の見た未来に立ち会えたことを喜びたい。2010年の6月というのは私にとって未来に触れることの出来た時間だった。
一方で、未だ未来のままのものもある。
かつての図鑑ではごく手近な未来のように書かれていながら、未だ実現に目処が立っていないのが「選ばれなくとも宇宙に行ける時代」である。深宇宙の探査より乗り物を地球の重力から安全に脱出させる方がはるかに難しいのは解るが、子供の頃の自分に報告するには少し残念な現状である。まさかこの歳になってもソユーズが宇宙に出る最もポピュラーな手段であるとは逆に想像できなかった。
ロケットによる宇宙へのアプローチは技術的な進歩はあっても大局としては静止に等しく、出来るのは限られた宇宙船のシートを金の力で借りるぐらいだが、それこそ現実から遠く離れたフィクションの世界である。伏兵としてSFの世界で長く親しまれていた軌道エレベーターも実用に耐えうる素材の開発から「実現可能」という所まで昇格したが、着工に至るまでのモチベーションが今の宇宙をとりまく世の中にあるのか怪しい。
ともかく、子供の頃に見ていた宇宙未来はこういう形になっていた。多少マニアックではあるものの充分に楽しい。今航海中の宇宙帆船見習いはいちいち「寝るー」とかリアルタイムでつぶやいてくれるし、子供の頃に飛び立った宇宙船は今や太陽系を出ようとしている。「自分が行く」という点さえ除けばお釣りが出るぐらい回収はできているだろう。
ふと、今の子供が手にする宇宙図鑑には何が未来として描かれてるのだろう、と気になった。が、それは子供の頃に見た未来を迎えた自分たちが、どのように新しい想像を与えてやれるかということでもある。
楽しんだのなら還元しないといけない、なら今から50年後に何を想像しよう。
2010年7月8日(木)19:27 | Category:宇宙ゴト
動画はカザフスタンのバイコヌール基地での2009年のロケット打ち上げベスト10である。
1年で十傑を選べるとは羨ましい世界だが、ロシアのロケット打ち上げは見ていて飽きない。
ロシアのロケット発射は、ロケットと同じ高さの巨大な架台が支える形ではなく、足元を4方から支えている支柱が発射と同時に開く方式なので、自立したロケットが平原から打ち上がる(ように見える)様は余りの堂々っぷりに見とれてしまう。加えて、4基の第1段と第2段エンジンが描き出す裾広がりの造形美に、全く不安を感じさせない燃焼と安定した挙動は芸術的ですらある。
いわゆる「枯れた技術」と言われるロシアの中心的なロケットは、半世紀前にコロリョフによって設計された技術だが、一つの設計思想に対し徹底的に改善を重ねた機体の信頼性は高く、30年以上死亡事故は起こっていない。
重力に逆らいながら数分で秒速8kmまで加速する乗り物が面白くない訳がない。
種子島での打ち上げも見に行きたいが、バイコヌール宇宙基地付近の空撮を見てしまったらたまらなくなってしまった。無理と解りつつも方法はないものかとググろうとしたら「バイコヌール宇宙基地+見学」と候補が出て来た。みんな見たいのね。