[広告]迷走旅社デザインファクトリー 〜WEBデザイン・グラフィックデザイン・企画・制作
迷走旅社デザインファクトリー 〜WEBデザイン・グラフィックデザイン
[特集01]寝台特急の到着するところ。〜トワイライトエクスプレス〜
[特集]寝台特急の到着するところ。〜トワイライトエクスプレス〜

2007年10月04日

墨彩画・絵手紙人気作家展

以前、ここで書いた画家兼短大講師の香月欣浩氏が、今度は絵手紙で出展することになり、今回も私がポストカードでお手伝いさせていただくことになった。彼と仕事をするのはもう何度目か覚えていないが、個展にしても共同出展にしても毎回進化していて、それをどう活かすか悩むのが楽しい。

墨彩画・絵手紙人気作家展
2007年10月3日(水)〜9日(火)
大丸梅田店11階アートギャラリー
10時〜20時まで(最終日は17時半まで)

2007年06月01日

開業のお知らせ。

上の方にバナーがひとつ増えています。

2007年6月1日「迷走旅社デザインファクトリー」という名のデザイン事務所を開業しました。といっても従業員は一人、簡単に言えばフリーのデザイナーですが、目指すものはこの迷走旅社と同じなので屋号としては極めて縁起の悪そうなこの名を掲げ一人ぼちぼち歩いていくことになりました。

先の長い道のりですが、生暖かく見守っていただければと思います。

2007年05月21日

Traveling TARO #002 @ Paris, FRANCE

Taro who stands in front of Eiffel Tower in Paris. Next, Taro doesn't know where to go.
パリから添付ファイルとともに第一報が届いた。

エッフェル塔背後の公園での記念写真であり、彼の旅の第一歩である。あまり嬉しそうな顔をしていないがそういう造形なので許してやって欲しい。多分彼の心は喜びと、この後どこに行くか判らないわくわく感で満たされていることだろう。

そして記念写真を撮られた太郎はこんなふうに置き去りにされ、友人は次の旅行地アメリカへと旅立っていった。ベンチに置き去りにされた太郎は無事に親切な旅行者に拾われ、次の地へと連れて行ってもらえるのだろうか?

続報は映像が届き次第お送りいたします。

2007年05月08日

Traveling TARO #001 @ JAPAN


Taro went on a journey to Paris on May 9th accompanied by the friend.
The photograph is Taro before the starting.

友人がパリに行くという、おフランスである。

人の旅の話を聞くのは好きだが人が旅に行くという話は面白くない。スケジュール帳や通帳をタテにしてもヨコにしても当面海外になぞ脱出できそうな気配は出てこない。しかし、ただ指をくわえて見送るのも面白くないので、私の分身を一緒に連れて行ってもらうことにした。

名前は「太郎」という、日本人なら知らぬ人はいない特異な造形のヒトである。そして、その人形のウラには次のようなことを英文で書いた。

「こんにちは、私は太郎といいます。
 日本から友人のスーツケースに忍び込んでここまでやってきました。
 私は旅が大好きです。
 私を拾ってくれた方、私を旅に連れていってください。
 そこで私の記念写真を撮ってください。
 そしてそこに私を置いて帰ってください。
 次の人が拾ってくれるまで待ちます。
 記念写真は私の持ち主、○○○にメールしてくれると嬉しいです。
 写真を撮った国、地名、そして拾い主さんの名前も書いてください。
 送り先はこちら
  XXXXX@meisouryosha.com」

心優しい旅人に巡り会えたら太郎君は世界を旅してくれるだろう。
どこかのゴミ箱に捨てられ、消えゆくもまた人生。
太郎をくれた友人には申し訳ないが、彼は旅に出ることになった。

続報は映像が届き次第お送りいたします。

2007年01月04日

海底0.5マイル 〜関門国道トンネル人道〜

生物にはそれぞれテリトリーというものがあり、それ以外の場所、各々の生存に適していない場所にいると自然と居心地の悪さを感じる。遺伝子に刷り込まれているのか、空や海の真ん中など、人の暮らせる場所ではない所にいると足がすくんだり漠然と恐怖を感じたりする。程度の問題だが高所恐怖というのは実に自然な反応の筈で、むしろ現代人が麻痺しすぎてしまっているのではないかと思ったりする。1万mの空中を飛ぶ金属の筒の中に座って寝ていられる神経を麻痺といわずに何と言うか。

閉所恐怖も然り、誰だって6面全てコンクリートで密閉された空間に閉じ込められればおかしくなる。個人差の問題というだけで、そういった「環境の異変を察知する機能」が劣化していない人間が高所恐怖症、閉所恐怖症なのではないかと、両方の属性を持つ私は思ったりする。

一方で、その恐怖を麻痺どころか快感と感じる人もいる。絶叫マシンと呼ばれるものは落下の恐怖を快感にすり替え、それをスリルと呼んだりする。もちろん「絶対に安全である」という前提があるからで、ワイヤレスのバンジージャンプなど流行ったりはしない。しかし、擬似的であっても恐怖や不安を快楽と感じる部分があることは誰にも否定できない。変わった趣味と分類される痛みや羞恥を快感と感じる人たちとホラー映画を趣味とする人たちに違いなどはなく、私自身、こうして稚拙な文章をネットで晒している時点で羞恥を快楽としているのかもしれないのだ。

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