2010年8月17日(火)18:47 | Category:宇宙ゴト, 撮りモノ
ベランダからの眺めは、夜景として見るなら最高だが、空を眺めるにはあまりに明るすぎるので、自宅から30分歩いたところにある池に行ってみた。
空が明るいことには変わりはないが、周囲を殆ど森に囲まれ、街灯も車の通行もないので、星座のチェックぐらいならできる。ただし市街地の暗闇なので、幾分物騒であったり、自分が不審者扱いされることもあるかもしれないが、ここがダメなら山のひとつでも越えなければダメだろうという場所だ。
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東の空
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南東の空
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8月の中旬でも深夜0時頃だと空は秋真っ盛りである。秋の星は明るい星が少なく、それ故に星座の象りも無理があったりいい加減なので星座の説明が難しい。アンドロメダやペガススは良心的だが、うお座など暗い割に広範囲なので空を指さしての星座説明はほぼ不可能。
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日没後西の空で輝く水星・金星・土星・火星に対し、東から昇ってくるのが木星と天王星。天王星は目視は難しいが今は比較的明るいので、写真上で星図と照らし合わせれば確認はできる。その上の四角形がペガススとアンドロメダ座の一部からなる「秋の大方形」で、秋の星座探しの基準となる。
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南の空
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南西の空
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南の空を占めているのはこれも形状の説明が難しいみずがめ座。その下にある、少し明るい星は秋の星座唯一の一等星である、みなみのうお座のフォーマルハウト。やぎ座のしっぽのあたりに今は海王星が位置しているようだが暗くて見えないので位置だけ推測。
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低空には夏の星座のいて座が見える。光害もなく空気の澄んだ場所で見ると、このいて座あたりから天頂にかけて天の川が見える。ここから西は北へかけて市街地の明かりで絶望的な明るさになる。
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天頂付近の空
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天頂付近はおなじみの夏の大三角がまだ余裕で陣取っている。18mmのレンズ(35mm一眼レフで27mm相当)でギリギリ収まるぐらい。真下からレンズを上に向けるので覗き込んで構図を作るのが難しい。
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北の空
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都市部に面している北はやっと北極星が見える程度で、北斗七星は夕方に沈み、これからの季節はカシオペア座が北の空のガイドになる。北東の空にはペルセウス座が上がっており、流星群の極大日も近いので近辺を気にしてはいたが、今年はひとつも目視出来なかった。
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これが明け方近く、またはもう少し秋も深まった頃だと華やかな冬の星座で楽しめるのだが、それでももはや星を撮影するというレベルの空ではないということを改めて実感。もっと空に近い場所へ行かねばと思う。
2010年8月5日(木)22:29 | Category:宇宙ゴト, 撮りモノ

8時頃、西の方向、しし座からおとめ座にかけての空。
7日に太陽から最も離れて見える最大離角を迎える水星が、西の地平ギリギリに見えている。さらに金星、土星、火星も接近して賑やかなことになっている。写真では残念ながら水星を捕らえるタイミングでは火星が建物に遮られてしまっている。
2010年7月17日(土)23:53 | Category:宇宙ゴト
7月12日、南太平洋で皆既日食が見られた。
昨年は奄美大島やトカラ列島など、滅多にない国内での皆既日食観測のチャンスがあったが、私の方も滅多にない諸々のピンチに遭遇してしまい、泣く泣く近場の公園で雲に透けた半分ほどに欠けた太陽を拝み、次の機会を願った。続く今回の皆既食の舞台は南太平洋、イースター島とは非常に神秘的なシチュエーションではあったが、時間的費用的にあまりに現実味に欠けるので、行く手立てを探ることすらなくいつも通りのブラウザ観測に終わった。
日食自体は珍しい現象ではない。
地球と月の公転の構造上年に2〜3回は起こり、時間は選ぶが見られる範囲の広い手軽な天文現象である。だが、月が太陽を完全に隠してしまう皆既日食となると一気に観測できるエリアは狭くなる。どれだけ限られてるかはこちら(国立天文台)をご覧いただきたい。
たとえ90%欠けていても部分日食は部分日食であって、皆既日食とは根本的に違う。太陽の光球面というのは強烈な明るさで、また太陽光は大気中では拡散してしまうのために僅かでも太陽面が見えている限り、コロナやプロミネンスなどの太陽の放射現象は見ることが出来ない。欠けた太陽は太陽観測用グラスに指をかざしてでも作れるが、コロナは宇宙に行って太陽を隠しでもしない限り見ることは出来ない。
皆既中、太陽周辺の放射物質が見えるほどに暗くなるということは当然周囲もかなり暗くなる。太陽が出ている時間の現象なのだから、日食が見られるエリアだけが暗くなっているということで、どうしても太陽の方が気になってしまうが、これは地球の状態としてもかなり面白い。外から見れば地球に月の影が落ちているという意味でもあるのだ。

Looking Back on an Eclipsed Earth Credit: Mir 27 Crew; Copyright:
CNES
写真はロシアのミール宇宙ステーションで撮影された日食中の地球。中央の黒い部分は大気の汚れでも謎の暗黒物質でもなく地球に落ちた月の影。影になっている部分で日食が起こっているのである。太陽が欠けるというイメージが強い日食だが、月の影が地球上を通り過ぎていくという現象でもある。
次に皆既日食が見られるのは2012年のオーストラリアでケアンズあたりでも観測できるらしいので比較的現実的かもしれない。続いて2013年にはアフリカ、2015年北極圏、2016年インドネシア、2017年アメリカ。日本では2035年の能登半島と北関東までチャンスはないので待っているより動いた方が早い。
2年後…とりあえず目標だけは立ててみよう。
2010年7月11日(日)02:53 | Category:宇宙ゴト
小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」の太陽光圧による加速が確認された。
IKAROS、太陽光圧による加速を確認!
「IKAROS」は今年5月に種子島からH-IIAロケット7号機によって金星探査機「あかつき」と共に打ち上げられた工学実証機で、太陽光を推進力として航行する実験を行う実験機体である。太陽光圧を推進力にするという発想はかなり昔からあり、小惑星探査機はやぶさも、気象衛星ひまわりも姿勢制御に利用した実績はあるが、ヨットのように帆を張り、太陽光圧を主推進力にしたのはIKAROSが初めてである。
IKAROSの翼となるのは厚さ7.5μmのポリイミド樹脂の膜で、機体の回転による遠心力で一辺14mの正方形の帆を展開する。展開後も秒針程度の回転を続けることで張力を維持し、膜面に太陽光の圧力を受けて航行する。
太陽光圧で得られる推力は1mN、地上で0.1gの物体にかかる程度の僅かなものだが、はやぶさに搭載されたイオンエンジン一機の推力もこの十倍程度なので、宇宙を航行するのに充分な推力を燃料を使わず得ることが出来るようになったということ。これは搭載する燃料が打ち上げるロケットの能力に制限される宇宙機にとって全くの新境地である。また、帆に張り合わされた太陽電池から電力も供給出来るので、将来的にはイオンエンジンのような電気推進と組み合わせた航法が計画されている。
イオンエンジンにソーラーセイルとか、子供の頃に見た図鑑の巻末にあるような未来図の世界である。未来図というのは「理屈は合ってるが現実的ではない」から成り立つもので、それが小惑星に行って帰ってきたり金星に向かって航行中とか、リアルに未来の感触を味わっているのだと思うと非常に感慨が深い。TV電話のような家電だと、子供心にも「いつかはともかくあるだろうな」とは思うが、宇宙開発の場合は自分の理解の遠く及ばない世界での進化なので、実現への驚きは比較にならない。
自分が古びたのもあるだろうが、未来とは相対関係なのだから単純に自分の見た未来に立ち会えたことを喜びたい。2010年の6月というのは私にとって未来に触れることの出来た時間だった。
一方で、未だ未来のままのものもある。
かつての図鑑ではごく手近な未来のように書かれていながら、未だ実現に目処が立っていないのが「選ばれなくとも宇宙に行ける時代」である。深宇宙の探査より乗り物を地球の重力から安全に脱出させる方がはるかに難しいのは解るが、子供の頃の自分に報告するには少し残念な現状である。まさかこの歳になってもソユーズが宇宙に出る最もポピュラーな手段であるとは逆に想像できなかった。
ロケットによる宇宙へのアプローチは技術的な進歩はあっても大局としては静止に等しく、出来るのは限られた宇宙船のシートを金の力で借りるぐらいだが、それこそ現実から遠く離れたフィクションの世界である。伏兵としてSFの世界で長く親しまれていた軌道エレベーターも実用に耐えうる素材の開発から「実現可能」という所まで昇格したが、着工に至るまでのモチベーションが今の宇宙をとりまく世の中にあるのか怪しい。
ともかく、子供の頃に見ていた宇宙未来はこういう形になっていた。多少マニアックではあるものの充分に楽しい。今航海中の宇宙帆船見習いはいちいち「寝るー」とかリアルタイムでつぶやいてくれるし、子供の頃に飛び立った宇宙船は今や太陽系を出ようとしている。「自分が行く」という点さえ除けばお釣りが出るぐらい回収はできているだろう。
ふと、今の子供が手にする宇宙図鑑には何が未来として描かれてるのだろう、と気になった。が、それは子供の頃に見た未来を迎えた自分たちが、どのように新しい想像を与えてやれるかということでもある。
楽しんだのなら還元しないといけない、なら今から50年後に何を想像しよう。